一つのことがうまく行かないと、それを引きずってあらゆることがうまく行かない。
歯車がかみ合わないどころか、ガチガチずれたまま回ってしまって歯車自体がぼろぼろに壊れてしまった感じだ。
そんな1日だった。
しかも、ちょっと人間関係でうまくいかないことがあって、浮上できない。
少し親しくしていた人に見切られたみたいだ。
原因は心当たりがあって、仕事で迷惑をかけた日を境に対応がそっけなくなった。
彼女が忙しいだけかも、疲れているのかも、気のせいかも、と言い聞かせて悪く考えないようにしていたけど、気のせいではないみたいだ。
職場の人間関係に、期待しすぎてはいけないとわかっているつもりだったけど、やっぱりへこむ・・・
本日、正午に黙祷、というお知らせが来ていましたが、仕事でばたばたしている間に過ぎてしまっていました。
おととしやその前は、たまたま職場の近くだったこともあって、靖国神社へ行きました。
年々、戦争についての関心が高まっています。
年を取ったのかもしれません。
今年はNHKでレイテ島の闘いについて元日本兵と元アメリカ兵とレイテ島住民の方の証言や、記録映像、写真を元に番組が作られ、流れていました。
年のせいなのか、九州出身のせいなのか、私の子供の頃はナガサキ・ヒロシマのローカルニュースも多く流れ、特集番組も多かったように思います。
今年の6日も、9日も、特に何事も無くすぎていました。
終戦後63年。
3年前はキリが良い数字だったのでやたらとアニメやドラマが放映されていたように感じます。
今年は新聞にも記事は少なく。
こんなことでいいのだろうかと不安を覚えます。
「勉強」しなければ戦争があったことがわからないということがなんとなく不安です。
子供を持つ見込みは無いけど、もしもそんな機会に恵まれたら東京なら九段に連れて行き、九州なら長崎にでも知覧にでも広島にでも連れて行かねば、と考えている自分にある意味驚き。
「オレはね、9月に出征する予定だったんだよ。」
「防空壕からさ、顔をちょこっと出して空襲見てたんだ。子供だったからね。」
「女学生の頃ね、鉄砲の部品磨いてたわ。」
「疎開はしなかったな。羽田で飛行機の部品を作ってたんだよ。」
「陸軍士官学校へ入学するために上京してきたんだ。」
ことさらに「戦争の話」をしているわけではなくても、患者さんの若い頃の話を聞けば、当然のこととして出てくる「戦争」。
忘れてはいけない、といいつつどうやって今の子どもたちは知るのだろう?
今の仕事の先の先のそのまた先には、戦争がある。
もしかしたら、再来年には本物の「戦争」の只中にいるかもしれない仕事を目指している。
特に「戦争」に惹かれている訳では無いけれども。
業務を終えて、職場でグルジアの情報を見ながら、今日は終戦記念日だな、と思った夕暮れ。
この子の名は『アヤコ貯金』。

結婚するすると言って全然しないアヤコさまに、「じゃあ500円玉貯金して待ってるよ」と言ってはや1〜2年。
お式に呼んでくれると言ってくれたので、ほんとに呼んでくれるかどうかはともかく、貯金はほんとに始めてみた☆
貯金箱は随分前に買ってあったのだけど、写真撮ってから始めようとおもったら随分遅くなってしまった。
最初はもう一人コレで貯金予定の子がいたのだけど、その子はこの度めでたくゴールイン♪
そんなわけでこの子は単独の「アヤコ貯金」となりました。
いつ開けることになるんだろ〜。
昨日うちにやってきたニューフェイス。
ミリオンバンブー2本。
コーヒーの木。
フィッカス・プミラ。
買ってきたままで味気ないけど、とりあえず明るい窓辺に。
今度の子は、大事に大事に育てよう。
ずっと、そばにいてね。
人生、一度きり。
生まれ変われるものなら、あれになりたいと夢想することはあるけれど。
今、現在のこの「わたし」の人生は一度きり。
今日、実は消えてしまいたいと思ったけれど。
自分が、とても恵まれた環境であることはわかっている。
本当に手に入れたいもの以外は、自分の努力しだいで、大抵のものは手に入る。
手に入らないことを嘆く前に、できる限りの努力をしてみよう。
手に入れられるものを手に入れて、それから、考えてみよう。
職場の性質上、いろんな予防接種を打つ。
私は復職のせいで、大分抗体が落ちているみたいでなんかたくさん打ってる。
麻疹とか。
ムンプスとか。
B型肝炎とか。
なんだかどんどん強い人間になっている気がする。
人造人間的に。
病院の職員の予防接種なんて、おーざっぱだ。
自分で問診表書いて、そのへんにある体温計で熱測って、その辺にいるドクター捕まえて、「センセ、サインしてサイン!」と無理やり(?)サインをもらい、自分でバイアルから吸ってナース同士さくっと打つ。
ついこないだもそんなかんじで打った。
筋注は痛いのよねぇ。
職場のざっくばらんな人にお願いしたのだけど・・・
私の腕を見て
「え〜?すごいーなにこれー?」「は?」
「筋肉??」「えーちょっとチカラ抜いてー」「・・・抜いてます」
「うっそぉーこんなの針刺さんないってー」「・・・刺さりますって」
失敬なっ(泣)
ふとブログを見直すと、暑苦しいのでテンプレート変更。
いや、前々から思ってはいたんだけど・・・
おとといの会合は上々。
実は同郷の『大先輩』を紹介していただき、楽しい日本酒の夜でした。
その後が少々問題で。。。
友達と偶然会えたので、そのまま軽く。
飲んでる時間は楽しかった。
隣り合わせたカップルと連れがなんだかもりあがってしまい、その後2軒。
リカコさんありがとうございました&ご迷惑おかけしました。
事情は省くものの。。。。もう誘わないでおこうかなぁ。。。。と思ってしまった。
考え方が確固たるモノが合って、個性的な人は話していて楽しいし、ためになることもあるのだけど人の意見を聞き入れない部分があって・・・
そのせいで、他の人がかなしい思いをしているかもしれないと思うとやりきれない。
残念だ。
昨日は文字通り1日中寝ていた。
別に飲みすぎなせいじゃなく。
カラダのリズム
今朝をもって、夜勤月間が明けました。
明けない夜は無い。
昨日は夜勤の中日ながら、勉強会があって早めに出勤しました。
そこに、ブログを発見してしまった人がいらして、その人の青春を追体験してしまったことでなんだか小動揺してしまい、隣の席が空いていたのに離れたところに座ってしまった。
見ちゃったことばれてる気がしたけど、会の途中で抜けねばならずお話には至らなかった。
今朝方とある人と、お話しする時間があり、なんだかもやもやしている。
なんというか・・・・
人は色々な状況で生まれる。
たくさんのものを持っている人もあれば、そうで無い人もいる。
もっとも、形のないものをたくさんもっていることもあるから、一概にそれを「恵まれている」「恵まれていない」という気は無い。
ただ、私の中でそういった中で育った人が時々苦手なことがある。
自分の努力や、心がけの関係ないところで人生の理不尽に出会ったことが無い人は、すくすくと育っていて、それがいい方向に言っている人には、自分に無いものを感じて癒される。
でも残念ながら、自分のおかれた環境が基準で、かつすべてだと思っている人の悪気の無い傲慢さに心が苦い思いをすることも多い。
悩んで、気後れして、もがいて、頑張って、そこから抜け出そうとしている人間には屈託の無い素直さがまぶしい。
今日はそんな人に、ちょっと軽く圧倒されてしまった。
でも、自分を卑下はしない。
もともとの自分が好きではないというネガティブな面はあるけど、だからこそもっと良くなりたい。
もって生まれなかったことを自覚しているから、自分で自分を育てようとしているところ。
前へ前へ。
粛々と、自分のやるべきことを積み重ねていれば、いつか悟りも開けるだろう。
前述のブログの人が魅力的なのは、いろいろな葛藤をしつつ一生懸命に生きているところ。
そして、とても素直。ええっそんなことまで書く!?ってことまで書いていて、でも反省したり、振り返ったり、流れが前向き。
親近感が持てるけど、自分には無いものを持っていらしてすごく惹かれる。
私は、自分を認めることがとても苦手だから、自己を肯定したい時には、自分を認めてくれる人に会いたくなる。別にほめてくれなくて良いから、ただ単に、会って、他愛の無い話をできれば満足。
今日はたまたま、可愛がってくださっている人にお会いする予定。
1ヶ月前からの予約だし。
夜勤明け日で、「寝てもいい日」だし。
「飲み会1回につき1杯」の誓いは今日はおやすみってことで、いってきまーす(๑→ܫ←๑)